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名古屋地方裁判所 昭和48年(行ウ)10号 判決

原告 野村一信

被告 一宮税務署長

訴訟代理人 遠藤きみ 渡邊宗男 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は被告のなした本件調査手続が違法であり、従つて本件課税処分もまた違法であると主張するので、先ず判断する。

所得税法はいわゆる申告納税方式をとり、納税者が納付すべき税額は申告により確定することを原則としているが、最終的た税額の確定は税務署長に留保され、その更正のないことを条件として当該申告が是認されるにすぎないものである。そして税務署長は常に納税署がその義務を正しく履行したか否かを調査する権限と職責を有し、申告税額がその調査したところと異なる場合には、申告税額に拘束されることなくこれを更正しうるのであり、しかも税務署長がいかなる場合にいかなる調査をなすべきかは、法律に定めるところがない。従つて、税務署長は過少申告なることを疑うにたりる事情の存する申告について調査しうるのは勿論であるが、かかる疑いの存しない申告について調査することも何ら妨げられるものではなく、調査の結果万一過少申告なることを発見した場合には、申告税額を更正しなければならないのである。

また、国税通則法二四条・二六条・二七条等によるも右調査についての手続は何ら定められていないから、調査の範囲、程度および手段等についてはすべて税務署長等の権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。従つて右調査が実質的に不十分であつたとしても、かかる事由は更正処分の違法事由とはならないものと解される。仮に、調査が不十分であつたため更正された所得金額ないし税額が不当であつた場合には、そのことを理由として更正処分の取消を求めればたりるものである。

もつとも、更正処分をなすにあたり、税務署長において全く調査をなすことを怠つた場合には、当該更正はこれをなしうべき前提要件を欠くことになるので違法となるものと解すべきであり、また質問検査権の行使が社会通念上相当と認められる限度を超えて濫用にわたつた場合など調査手続に重大な違法があり、しかもその調査のみにもとづいて更正がなされたような場合には、当該更正は調査せずしてなされたものと同視すべきであり、違法として取消されるものと解すべきである。

本件において、原告は調査手続の違法を主張するけれども、右に述べたとおり、税務署長は過少申告なることを疑うにたりる事情の有無を問わず調査することも何ら妨げられるものではなく、調査の際具体的理由を明示すべき義務もなく、また調査深度の問題にしてもその裁量に委ねられており、いわゆる反面調査の方法を採ることも妨げられるものではない。

そして、〈証拠省略〉によれば、被告は、原告が昭和四四年ころ住宅を新築した資金の出所の解明と原告提出の係争各年分の確定申告書にいずれも収入金額、必要経費の記載がなかつたことなどから、調査の必要があるとして、昭和四五年一〇月下旬ころ三回にわたり一宮税務署職員を原告方へ赴かせたこと、その際原告は右職員の求めにも拘らず右住宅資金の出所を明らかにせず、また係争各年分の営業取引内容の帳簿書類などを提示せず、営業概況などについても明確な説明をなさなかつたこと、そのため被告はやむをえず原告の取引先等を調査するなどしたうえ、原告の所得額を推計して本件課税処分をなしたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。

右事実によれば、本件更正処分については、被告においてその前提となるべき調査をしなかつたということができないことは明らかであり、またその調査手続も調査権の濫用にわたつてなされたものとは認められない。そして、被告は原告の所得額の実額調査につとめたが、実額計算に必要な帳簿書類などが提示されない等原告の協力が得られなかつたため、やむを得ず推計課税をなしたものであることが明らかである。

従つて、本件課税処分の手続的違法をいう原告の主張はすべて理由がない。

三  そこで、次に本件更正処分(異議決定による一部取消後のもの)の当否について判断する。

原告が係争年当時一宮市内で豆腐製造業などを営んでいたことは、当時者間に争いがない。また別表(一)の1ないし3のうちそれぞれ農業所得金額、譲渡所得金額および所得控除額については、原告も格別争わないところである。

従つて、以下被告主張にかかる係争各年分における原告の営業所得金額について検討する。

1  売上原価

(一)  昭和四二年分

〈証拠省略〉によれば、昭和四二年における大豆等の主原料の仕入が別表(三)記載のとおりなされその合計は九九一、八七〇円であることおよび原告は昭和四二年分期首・期末の原材料についてたな卸を実施したことなく、同年分前後において売上高に格段の差異を生ずべき特段の事情もないことを認めることができるので、原告の昭和四二年中の主原料使用高は右仕入高と同額の九九一、八七〇円であるということができる。

次に、〈証拠省略〉によれば、豆腐等の製造には主原料のほかに凝固剤等の副原料が必要であること、主原料と副原料との使用割合は概ね量的にも金額的にも一定していることが認められるところ、被告は原告の営業規模と類似する同業者一一名について昭和四二年における主原料、副原料の平均的使用割合を求め、これを原告の同年分の使用割合とみなしているので、案ずるに、〈証拠省略〉によると一宮税務署管内における豆腐製造業を営む個人業者で、昭和四二年分ないし同四四年分所得税について、三年間連続して青色申告書を提出している納税者で、その間途中で開業したり廃業したことがないこと、豆腐製造のほかに兼業種目のない者、小規模事業者で帳簿組織が簡易記録方法(現金主義)によつていない者、昭和四二年分の主原料の使用高が五〇万円未満或いは一五〇万円をこえる者等を除外して同業者一一名を抽出しこの者らについて昭和四二年分の原料使用割合を算出すると、その金額の平均的使用割合は主原料七五・六七パーセント、副原料二四・三三パーセントであることを認めることができる。そして被告のなした右同業者の選定方法、右使用割合の算出方法は、同業者の類似性、同業者数および資料の客観性等の諸点からみて、合理性を有するものということができるので、右使用割合を以つて原告の昭和四二年分原料使用割合とみることは相当であるということができるところ、原告の前記主原料使用高九九一、八七〇円について右使用割合を適用して原告の昭和四二年分の原料総使用高、すなわち売上原価を計算するとその額は一、三一〇、七八三円となる。

(算式991,870円÷0.7567 = 1,310,783円)

(二)  昭和四三年、同四四年分

〈証拠省略〉によれば、原告の右両年分の原料仕入金額については仮名取引などがあつて、これを実額により把握することができなかつたことが認められる。

ところで、被告は右両年分の原材料の使用量を、昭和四二年分のそれと、係争各年分のオカラ発生量の割合により算出するところ、〈証拠省略〉によれば、原材料の使用量とオカラ発生量とは大体正比例し、相関関係を有するものと認められるから、被告の右推計方法は合理性があるということができる。

そして、〈証拠省略〉によれば、原告は自己のもとで発生するオカラをすべての酪農家である杉本綱一に販売していたこと、右販売量は昭和四三年、同四四年においては、それぞれ前年に比して約一割ずつ増加していること、原材料の仕入価値は係争各年を通じて殆ど変化のないこと等の各事実を認めることができ、他に右認定を左右するにたりる適切な証拠はない。

右事実によれば、原告の昭和四二年、同四三年分の原材料使用量は、それぞれ前年に比して一割ずつ増加しているものということができるので、売上原価は

昭和四三年分 一、四四一、八六一円

昭和四四年分 一、五八六、〇四七円

となる。

算式

昭和43年分:1,310,783×(1+0.1)= 1,441,861円

昭和44年分:1,441,861×(1+0.1)= 1,586,047円

2  差益率および算出所得率

被告は、前記類似同業者一一名の平均差益率および平均算出所得率を求め、これを原告の係争各年分の差益率および算出所得率とみなしているが、前記1(一)で述べたと同様の理由により、その算出方法はいずれも合理性を有しているものということができる。なお、原告本人は右差益率が高すぎる旨供述するが、

他にこれを裏付けるにたりる証拠もなくたやすく信用できない。そして、〈証拠省略〉によれば別表(五)記載のとおりその平均値は

昭和四二年分差益率 五七・七三パーセント

算出所得率 三五・七九パーセント

昭和四三年分差益率 六〇・四一パーセント

算出所得率 三六・七二パーセント

昭和四四年分差益率 六二・八〇パーセント

算出所得率 三九・四六パーセント

であることを認めることができる。

3  収入金額および算出所得金額

原告の係争各年分の前記売上原価に前記差益率をそれぞれ適用して収入金額を算出すると別表(一)一記載のとおり

昭和四二年分 三、一〇〇、九七七円

昭和四三年分 三、六四一、九八二円

昭和四四年分 四、二六三、五六七円

となり、右収入金額に前記算出所得率を適用して算出所得金額を求めると、同様

昭和四二年分 一、一〇九、八三九円

昭和四三年分 一、三三七、三三五円

昭和四四年分 一、六八二、四〇三円

となる。

4  特別経費

建物の減価償却費が係争各年分ともいずれも一一、九九七円であることは当事者間に争いがない。原告は昭和四四年分について右以外に支払利子がある旨主張するが、その具体的金額についての主張をなさず、これを認めるにたりる証拠もない。結局、特別経費は係争各年分とも右のとおり一一、九九七円となる。

5  事業専従者控除額

係争各年分とも一五〇、〇〇〇円であることは、当事者間に争いがないので、事業専従者控除額は各年分それぞれ一五〇、〇〇〇円である。

三  以上によれば、原告の営業所得金額は別表(二)記載のとおり

昭和四二年分   九四七、八四二円

昭和四三年分 一、一七五、三三八円

昭和四四年分 一、五二〇、四〇六円

となる。

よつて、本件更正処分(異議決定による一部取消後のもの)による営業所得の認定額が係争各年分とも右各金額の範囲内でなされていることは明らかであるから本件処分は適法であり、かつ各年過少申告分にかかる加算税賦課処分も適法である。そこで原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義光 窪田季夫 小熊桂)

別表〈省略〉

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